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2999ねんのゲーム・キッズ


プラットフォームプレイステーション
開発ARCエンターテイメント
発売ソニー・コンピュータ・エンターテイメント
発売年月日1998年 12月
ジャンルプレイステーションコミック
プレイ人数1人
セーブデータ1ブロック、5ファイルまで


システム シナリオ グラフィック サウンド ゲームバランス その他
シンプル 陰鬱 空想的 サスペンス なし 原作あり、未収録話あり





※※今回のレビューはネタバラシを含みます※※


・ゲーム概要

 SCEから発売された「プレイステーションコミック」シリーズの一本。
 同シリーズは「コブラ」や「BUZZER BEATER」などの漫画を基に、漫画のコマをアニメーションさせたり効果音やボイスを付けたりして映像化、プレイステーションコントローラで操作して読み進めるという形式にした作品群である。
 よってプレイヤーが操作することはあまりなく攻略などの要素もない・・・のだが、本作に関しては少々勝手が異なり部分的に3D迷路に挑戦したりキャラクターを動かしたりといったインタラクト要素が取り入れられており、体感する娯楽という要素がある作品となっている。

 原作は漫画ではなく、「ファミ通」に連載されていた渡辺浩弐氏の小説「ゲーム・キッズ」シリーズから、人類が機械に交代した未来世界を舞台にした異色作「2999年のゲーム・キッズ」(挿絵・夢野れい)である。
 ・・・同シリーズはコミュニケーションツールを通して若者の愚かさや人間の醜さを暴き出すショッキングで憂鬱な作風であり、結論から言ってしまうと本作も絵本風の空想的な絵柄に反して陰鬱な内容となっている

 内容を語るうえでやはりそのような内容が挙がってしまうので、以下は注意して閲覧されたい。


・STORY

 すべてのものが人工物で構成された機械都市。
 住民は皆、ロボットのような風体をしている。
 しかし、喜び悲しみ悩む心を持ち、単調だが幸福な日々を暮らしている。
 工場労働者・シカは妻・マリーと労働階級フラットで二人暮らし。
 満たされた生活の中で、ある日、ふとした事件をきっかけに覚醒する。
 そして自分を取り巻く現実の正体を疑い始める…。

 (パッケージ裏より抜粋)


・各話あらすじ

 ・1章「夢のメモ」
 2999年1月1日。新年を機に日記をつけ始めようと思ったシカは、はじめとして繰り返し見る奇妙な夢の話を文字に起こそうと思い立つ。
 それは、夢の中で何かから命がけで逃げる自分の話だった。

 ・2章「出会ったころ」
 結婚から2年が過ぎ、すっかり当たり前の存在となった妻マリーと思い出を語るシカ。
 が、その内容は奇妙な食い違いを見せる。
 シカは「個人が認識する現実は脳の中で再構築された意識の中の世界だ」という思索にふけり納得する。

 ・3章「子供を作る」
 結婚二周年の記念として子供用の素体を買いに行ったシカとマリー。
 子供を起動させる過程で見た奇妙な夢のなか、シカは肉で出来た「ヒト」という神話上の存在となっていた。

 ・4章「目が痛い」
 シカたちは赤ん坊に「バッツィー」という名を与え、目に入れても痛くないほどに可愛がった。
 すると、バッツィーはシカの目 ―視覚ユニット― を引っこ抜いて壊してしまうのだった。

 ・5章「いろいろな目」
 シカは都市のはずれにある小さなジャンク屋に修理を頼みに訪れる。
 修理の間の退屈しのぎとして様々な生物の目を渡されたシカはそれぞれの視界を楽しむこととした。
 すると、そこには普段見えなかったものが見えたり、逆に見えなくなることで見えた発見があったのだった。

 ・6章「空を飛んでみた」
 家で一人酔いつぶれたシカ。するとその感覚が一匹の「シズクホタル」とリンクし、虫の視点で見慣れた街を飛び回るビジョンに浸ることとなった。
 街のあちこちが輝いて見えるシズクホタルの視点はとても幻想的なものだったが、その中で一際輝く光は醜い真実を意味していた。

 ・7章「塔に行く」
 マリーとの生活を終わらせるために「塔」に向かったシカ。
 自身の現実が一変するような重大な出来事はハンコ一つで片付けられ、また愛するベッツィーもその手から奪われると告げられる。

 ・8章「オッペンじいさん」
 家の中で一人となったシカ。持て余した時間でオッペンじいさんと世間話をすることとした。
 「もしも外部から完全に遮断された世界があるとすれば、その中ではすべてが永遠に流転し反復されるかもしれない」。
 誰も知らないという「塔」の全容に思いを馳せながら、そのような話を聞かされたのだった。

 ・9章「少し疲れている」
 普段のように工場でルーチンをこなすシカ。
 しかし、その日はコンベアに乗って流れてきたあるものに目が釘付けになった。
 様々な思いに揺れるシカは、ふと同僚と自分たちが置かれた環境についての話をする。

 ・10章「旅」
 都市の果てがどうなっているのか。シカは彷徨うままにそこへと訪れていた。
 「塔」に管理されたこの都市の外では何物も生きてはいられないというが、シカは自分の現実を確かめずにはいられなかった。
 ひとしきり「塔」から離れたシカは、そこで超現実的な体験に意識を失う。

 ・11章「リニュー・デイ」
 「リニュー・デイ」。この日は日常生活の中で徐々に摩耗してゆく身体を「塔」で精密修理することができるという大がかりな行政サービスが行われる。
 シカは他の大勢の人たちに混じり「塔」に向かったが、奇妙なことに前回の「リニュー・デイ」の記憶がとても曖昧なことに気付くのだった。

 ・12章「機械の中にいる」
 手続きに従い「リニュー・デイ」の機械に身をゆだねたシカ。
 それがいったい何を意味していたのか、気づいた時にはすべてが変わろうとしていた。

 ・13章「どっちなんだ」
 「塔」を後にした時、今まで感じていた記憶の祖語や都市の謎が自分の目の前に明かされる。
 シカは、それを前にして自らの決断を迫られるのだった。


 ・・・という内容で、(基本的に)選択肢の類も無くおおむね一時間半もあれば読了するボリュームだろうか。

 これらは基本的に原作を踏襲する内容だが、原作にはない話が足されていたり、原作の話が省略されていたりとイコールの内容ではない。
 (というべきか、原作はオムニバス小説でありシカ以外を主人公とした話が半数を占める)
 このため「バッツィー(赤ん坊)を薬品で眠らせてセールスマンに手籠めにされるマリーの話」や「両親の都合で返品されジャンク部品としてバラバラにされてゆくバッツィーの話」は抜けた形になっている。

 精神衛生上たいへんありがたい


・インタラクト

 さておいて、本作で特徴的なのは決定ボタンで物語を読み進めるのみならず、何らかのものを操作して主人公の体験を再現するインタラクト要素があることである。
 「プレイステーションコミック」の同シリーズではこのような要素は無いらしく、これは本作独自の意欲的な試みだ。

 例えば1章「夢のメモ」で何者かから逃げるシーンでは路地裏を3Dモデルに起こした迷路に挑戦(といってもどこかの行き止まりに到達すれば話が進む)したり、日記を書くシーンではボタンによって一文字ずつ現れたり、と多岐にわたる。
 特に5章「いろいろな目」では装着した目によって異なる視覚効果がかかって同じ風景が全く違ったものに見えるという演出をとっており、これは見ていて楽しいほか「現実とは何か」という本作のテーマを端的に表現する場面ともなっている。

 13章ではまた「選択肢」が登場しエンディングが分岐するという要素もあるのだが、どれを選んでも後味が良くないしこれもインタラクトの一環として用意された設計なのだろう。

 反面、アクションやパズルを攻略しなければ先に進めないという要素は一切ないので良くも悪くも承知しておきたい。


・まとめ

 映像的な演出を取り入れた電子コミックの中にあって、より一歩踏み込んだインタラクト要素、「体感」を提供する一作。
 物語の内容自体が救いのない暗い物であるということが引っかかるがキャラクターの絵柄は柔らかく温かみがあり、全てが機械仕掛けながらコーヒーやペットロボ(世界観的にはペットそのもの)など嗜好品を残したディストピア世界は逆説的に人間味にあふれている。
 作品の各部で描かれる認識とは何か、現実とは何かという問いかけも、この空想世界の人物を通して投げかけられることで幾分かやさしい内容として映るだろう。

 物語の内容自体が救いのない暗い物である点に打ちのめされなければ、原作の意向通り多感な少年少女、「ゲーム・キッズ」に勧めたい一枚である。





・関連作品

・「プレイステーションコミック」シリーズ「コブラ」や「BUZZER BEATER」などをプレイステーションで閲覧する形式のコミックスにした作品群。
内容としてはアニメーションする漫画のコマをボタンで読み進めるくらいで、本作を除いてインタラクト要素は無いようだ。


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